海外留学報告 クリーブランドクリニック | 坂爪 公


私は、2019年9月末よりクリーブランドクリニックの胸部心臓外科にリサーチフェローとして留学させて頂いております。当地クリーブランドはオハイオ州の北東に位置しており、市の北面は五大湖のエリー湖に面しております。州都コロンバスに次ぐ第二の都市で市の人口は約40万人ほどです。緯度は北海道の函館とほぼ同緯度ではありますが、冬の寒さは凄まじく気温マイナス10〜20度まで低下し、私も渡米してすぐに過酷な気候の洗礼を受けました。クリーブランドクリニックはU.S. Best Hospitalで毎年上位に入ることからも地域の中核病院というよりは、米国を代表する病院として評価されており、特に心疾患では全米一位となっております。研究分野においても、私の所属しているLerner Research Instituteだけでも50以上の研究室があり、世界各国から研究者が集まっています。その中で、心臓外科医であり胸部の移植部門のディレクターを務めるDr. Kenneth McCurryのラボに私は所属しております。

私の研究のテーマは、”ドナー心臓の体外灌流による新規保存法の確立”であります。現在の心保存液を用いた冷保存ではドナー心臓の保存時間は4時間と限られているため、臓器移送における距離的制限にもつながり、アメリカでは全ドナー心臓の内たった30%程度しか利用されていない現状があります。よってこのドナー心臓利用率を上げる事が目下課題となっており、そのために体外灌流を用いた保存法が世界中様々な施設で試みられております。実は心臓体外灌流は古くから研究されてきており、冠灌流のみを行うLangendorff灌流法は19世紀末より実施されております。実際に本法を臨床応用したデバイスも近年発売されておりますが、冠灌流のみ実施しているため、実際の心機能を移植前にチェックすることができないというデメリットがあります。その点を解決するために、実際に左心系を灌流して心機能評価を行うシステムが必要とされています。すでに世界のいくつかの施設では実験が行われているシステムなのですが、当施設では未だ確立されていなかったため、まずこれを確立することが私の任務でした。

当然ながらLangendorff灌流と比較して、回路は複雑になり、また刻一刻と変化する心機能に追従するようにポンプを制御する必要があるため、このためにflowを自動制御するソフトをBioengineering部門に開発依頼しました。心機能への追従の仕方についても細かく改良を交渉するなどし、苦労しつつもようやく準備が整ったところであります。またブタを用いた動物実験を計画していたのですが、アメリカは動物愛護の観点から非常に審査が厳しく、膨大な資料の作成を強いられました。また生物統計家や獣医師とも直接やり取りをして実験プロトコールを練り上げるなど、慣れない英語でのやり取りということもあり苦労しましたが、良い経験ではありました。渡米後5ヶ月の間に上記の他、臨床研究のプロポーサルも一つ書き上げ、いよいよこれから本格的に研究が始まるという段階に来ていたのですが、コロナウィルスの全米での感染拡大に伴い、3月からクリーブランドもロックダウンされ、クリニックでの研究は一切できなくなってしまいました。全米での医療資源の枯渇は著しく、クリーブランドクリニックでも例外ではありません。したがって、大動物実験再開の見通しは残念ながら全く立たない状況であります。本報告を記載している現在まだアメリカにおりますが、留学を切り上げ、帰国する事に致しました。

研究は道半ばに終わりましたが、留学の機会を与えてくださった齋木教授をはじめ、支えてくださった医局の先生方には大変感謝しております。帰国後は、また前を向いて臨床を頑張ろうと思います。今後ともよろしくお願い致します。